ヘリオセントリック 星と心がつながる講座
新しい星読み
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以前から人からの相談が多く
悩みの種になっていました。
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亡き養父への追憶
養父の二周忌。
この御時世、埼玉の墓地へ東京から馳せ参じるのも、コロナではばかれる墓参り。
続きは後日。
養父
3歳から父だった
肌の合わない養父の記憶ですが、
続きは
後日。
おやすみなさい。
ありがとうございます。
新馬場駅前の品川神社で富士登山
新馬場駅すぐのパワースポット品川神社
京急線で品川から最寄駅へ向かう途中の車窓の風景に幾度と無く、何やら気になる景色を目にしていました。
岩山のような所にいつも人が登っているので何があるんだろうと。
縁があったのか偶々用があり出向いた先の新馬場駅にそれがあると、駅前に辿り着いてハッと気付いた次第。
品川神社
品川神社は東海七福神神社の一つ。徳川家に深く繋がりのある神社です。
葵の御紋が印象的な御由緒書きです。
時代劇オタクな小学生だった私の瞳には御触書(おふれがき)に映りました。
読み易い様に書き出してみました。
品川神社神社御由緒
御祭神天比理乃咩命(あめのひりのめのみこと)天太玉命 (あめのふとだまのみこと)(天岩戸の神話に登場する神様)の后神。祈願成就・航海安全の神。 源頼朝(みなものとよりとも)公*御勧請。
宇賀之売命(うかのめのみこと)お稲荷様。農業・商業・産業繁栄の神。二階堂道蘊公(にかいどうどううん)御勧請。
素盞嗚尊(すさのおのみこと)天王様。風水害除け・疫病(病気)除けの神。太田道灌公御勧請。
御由緒
今からおよそ八百年前の平安時代末期の文治三年(一一八七)に、
源頼朝公が安房国(あわのくに)の洲崎明神(すのさきみょうじん)(現・千葉県館山市鎮座 洲崎神社)の天比理乃咩命(あめのひりのめのみこと)を当地にお迎えして交通海上安全と祈願成就を祈られたのわ創始とします。
やがて、鎌倉時代末期の元応元年(一三一九)に二階堂道蘊公が、
「宇加之売命(うかのめのみこと)(お稲荷様)」を、さらに室町時代中期の文明十年(一四七八)に、
太田道灌公が、「素戔嗚尊(すさのおのみこと)(天王様)」をそれぞれお祀りしました。
慶長五年(一六〇〇)、徳川家康公が関ヶ原の戦いへ出陣の際に当地に参拝し勝戦を祈願され、その後、祈願成就のお礼として仮面(天下一嘗の面)てんかひとなめのめん・神輿(葵神輿)あおいのみこし)などを奉納されました。
また、寛永十四年(一六三七)三代将軍徳川家光公により東海寺が建立され当社がその鎮守と定められ、「御修復所(ごしゅうふくじょ)神社の建物の再建・修復などは全て幕府が賄う)」となり、元禄七年(一六九四)・嘉永三年(一八五〇)の二度の社殿の焼失の際には時の将軍の命により再建が行われる等、徳川将軍家の庇護を受けました。
時代は明治に移り同元年(一八六八)十一月には明治天皇様が、
新都・東京の安寧(あんねい)と国家の繁栄を御祈願されるために当社を含んだ都内の十の神社を「准勅裁神社(じゅんちょくさいじんじゃ)」と定められ、御勅使(ごちょくし)が御参拝になられた御祈願をされました。
大東亜戦争の折は、当社は幸いにして戦火を免れましたが、社殿の老朽化が進み、昭和三十九年(一九六四)氏子各位の協力により現在の社殿が再建されました。
年間行事
- 一月一日 歳旦祭(さいたんさい) 今年一年の幸福と*弥栄(いやさか)
を祈願します(*太太神楽一座奉納) - 二月三日 節分祭 立春を迎え豆まきを行います。
- 春分の日 七つの鳥居めぐり 境内にある七つの石の鳥居をくぐり、中風除け(無病息災)を祈ります。
- 四月十四日・十五日 阿那稲荷社(あないなりしゃ)春祭 末社・阿那稲荷社の春の祭典。
- 四月十五日の日曜日 春祭(はるまつり)春の大祭(たいさい)万物の生成する春を迎え、諸々の産業の発展を祈願します(太太神楽六座奉納)
- 六月七日に近い日曜を含む金・土・日曜日 例大祭(れいたいさい)(北の天王祭)一年の内で最も大きな祭典。氏子の繁栄と国家・天皇の弥栄を祈願します(太太神楽二座奉納)。
- 六月三十日 大祓祭(おおはらいさい) 上半期の罪や穢(けがれ)を形代(かたしろ)に託し祓い清め、健康で無事に過ごせるように祈願します。
- 七月上旬 富士塚山開き 境内にある富士塚山開きの行事(品川区指定無形民族文化財)。
- 七月十五日 祖霊社(それいしゃ)・忠魂碑慰霊祭(ちゅうこんひいれいさい) 祖国日本の国の為に尊い命を捧げた英霊(えいれ)の御霊(みたま)を慰め永遠の平和を祈り、祖先に感謝をします。
- 秋分の日 七つの鳥居をめぐり 境内にある七つの石の鳥居をくぐり 中風除け(無病息災)を祈ります。
- 十月四・五日 阿那稲荷社秋祭 末社・阿那稲荷社の秋の祭典。
- 十一月二十三日 新嘗祭(にいなめさい) 今年獲れた新穀をお供えして豊かな実りに感謝し、更なる努力を誓い、益々の産業の発展を祈願します(太太神楽三座奉納)。
- 十二月三十一日 大祓祭(おおはらいさい) 下半期の罪穢を祓い清め、心身共に清々しい気持ちで新年を迎えられるよう祈願します。
*御勧請 読み方:ごかんじょう
意味:日本では,仏神の霊や像を寺社に新たに迎えて奉安することをもいう。
*弥栄 読み方:いやさか、いやさかえ、やさかえ、やさか、やえい
意味:ますます栄えること
*太太神楽 読み方:だいだいかぐら
意味:伊勢の奉納神楽で奉賽の多寡によって定められた神楽の等級を表す名称。のち,奉納神楽の美称となった。
ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典、ウィキペディアより
双龍鳥居。
鳥居の左には昇龍が右手には降龍が巻き付いています。
ストイックに修行する事と他者へ慈悲の手を差し伸べ助ける事を合わせて修得するようにとの事だそうです。
大黒様と狛犬に見送られ鳥居を潜り階段を昇りました。
いつも車窓の風景で気になっていたので上はどうなっているのだろうと心なしかワクワクしながらでしたが。
今日はここ迄です。
もしも興味がありましたら、またお付き合い下さい。
ここ迄読んで頂き有難うございます。
to be continued.
残暑と言う概念すら揉み消す
セカンドサマー到来
「九月に入り厳しい残暑が続いていますが、いかがお過ごしでしょうか」
などとたわけた事はもう言うまいと心に誓ったばかり。つい今しがた閃いた。
今は避暑地のクーラーにのうのうと当たっている。
庶民のオアシス
因みに私の避暑地は珈琲屋さん。
今日に限ってアイスティーなんだけどね。(ドトールアイスティーSサイズ250円)
夏は何度もこの全国1316+海外5店舗展開して下さっているリゾート地で命を救われた。
何店舗あるのかなーなんて指先一つの労力で見れる世の中。
ドトールグループ総店舗数 | 開示情報ライブラリ | IR情報 | 当社について|株式会社ドトールコーヒー
ドトールさんのウェブサイトへ飛ぶ。
そして都内のオアシスの数もついでに見てみるとこんな店舗数。
ドトールさんのウェブサイトを視察。
何処の店舗にお世話になったかを見ていると今寛いで過ごすこのお店も当たり前だが載っている。
ここに居るよと何となく浮き立つ気持ちになった。
先日寄った赤羽店のもあるな、以前頻繁に通った所も。
何店舗マーキングしたかチェックしようと思ったがフラっと入った所は記憶が定かでは無い事に気づく。
ドトーラー(勝手に名付けたドトール利用頻度高い人間の称号)としてあるまじき失態ではあるが、それ程に自然と足を踏み入れれるのもお店の魅力の一つ。
そんな庶民のリゾート地から閃いたのは残暑とか呼ばれてる時期の概念を変換して行こうでは無いか。だった。
"クーラーラブ"な夏
気温35度超えの炎天下の中では5度から15度は高い。
その夏を生き抜いて来れた人々が口々にするのが、残暑の辛さ。
八月よりも気温は低くなっているが体調を崩してしまった人もいるのではと思う。
いやちょっと待てよと悟る
ここ数日間は気温が高く所謂世間一般で"厳しい残暑"と言われている気象事情。
「暦の上では秋なのに…」とまたグズグズと例の概念に引きずられ「体はもう秋なのに追いつかないわよね」
などと弱気になってしまっているのでは無いだろううか。
「もう秋です」自体捨てる
もう秋で涼しい筈なのにと言う思い込みが生むのは現実の暑さとのギャップ。
体はその思いを汲み取って「体温調節機能を秋用に変更」するも実際の気候とマッチせずに体調不良になったり精神的な疲労感を呼び込む。
九月は残暑だと洗脳され続けた結果なのではあるまいかと気付いた。
受け入れ解き放つ
「夏本番だな」
この一言で済ませる。
太陽は眩しくギラつき、高温多湿。どこからどう見ても真夏。
カレンダーに今日から秋です。と書き込まれてはいない。
記憶に書き込まれているのを鵜呑みにしているだけである。
暑いのに暑い所へわざわざ行く人々が絶えない現実
冷静になって考えてみると分かるように暑いのが辛いなら『常夏のリゾート地』などは存在してはいない。
「今年も例年通り残暑の影響でワイキキビーチでは熱中症と思われる患者が多数搬送され」
などとニュースも流れないし。
はなから暑い所へ行くと心構えが出来て行くからだろうと思う。
今日も太陽見上げて「夏本番だな」と受け入れた。
まだまだ暑さは続いてく。
☆最後までお読みいただきありがとうございました(^-^)☆
to be continued.
朝からこりゃダメだから「そうだ明治神宮へ行こう」になった件。
朝の異変から明治神宮へ
昨日の目覚めはどんより気分。空模様はそれに似合う曇天の空だった。
朝の事変
テーブルの上に前夜の飲み残しの入ったグラスが乗っていた。
それをシンクに運び洗おうとスポンジに手を伸ばす…と
「なんじゃコリャ?」
ワラワラと無数のアリンコ。
眼鏡を掛けてよく見る。
右往左往するアリンコの群れ。
三階のこの部屋に「どうやって来たんだい」と思いを巡らせ「前夜の野菜にでも集っていたに違いない」と早々に結論付けた。
手に負えない群れを水でザッと流し
「朝からまた、つまらぬ物を斬ってしまった」と五右衛門の台詞が脳裏にチラつく。
道を歩く時はアリンコを踏まぬようにしているにも関わらず、生きていると予測不可能だと。
今年の初詣は原宿は明治神宮へ。
五日頃だったか、人出で賑わう程でも無かった。
何故明治神宮に初詣したかと言うとチョットしたエピソードがあったからだった。
そのエピソードはとてもピカピカしているから始まった
昨年末頃か恵比寿の駅ビルの本屋にいた時の事。
隣接している文房具屋を物色する。何か面白い物でもあればと冷やかしていると床に落ちている金色に光り輝く何かに目が釘付けになった。
しゃがんで手の平の上で良くみると
とても美しく心惹かれる。菊の紋様だった。
裏返して見ると何やら書かれているけれど書体が古くて読めない。
余りの美しさに御守りと確信が持てない程だった。
その場で大卒の友人にその拾い物の写メをLINEで送り、裏の文字を読んでくれるよう頼んだ。
大卒の友人も専攻が違ったのだろう。
以前も漢字を尋ねたら、他の同僚に聞いてくれた。
私のバッグには大卒の友人の頭良さげな物知りの同僚達がついている。
「明治神宮だってよ。綺麗だね」
そう、本当に綺麗なのだ。
実物の美しさは写メでは伝え切れていなかった。
その御守りは文房具屋さんのカウンターへ置いて、同じ物が欲しいなと何となく心にインプットされていた。
布か紙かで出来ている其れが、何であんなにキラキラ輝くんだろうなって。
実物です。明治神宮のウェブサイトから頂いた画像です。
短い縁
一人で初詣を済ませた後に
残念ながら手にした一つ目の御守りはその日限りの付き合いで終わる事になった。
その夜は一人新年会と称して、友人でもあり面白いマスターが一人で営むカラオケパブへ馳せ参じる。
暫く話しをしていると、顔見知りで何度か仲間で飲んだ飲み仲間の"部長"(ニックネーム)が何人かの仲間と現れた。
一人営業の店でもあり、顔見知りで仲が良い場合は同席になる事も多々ある。
ただ殆どが一人で居たい私タイプのお客には様子を伺い気を遣ってくれる。
が飲み仲間でもあり私の友人である人も後に合流するので相席になった。
部長と呼んではいてもまだまだ若くいつも元気で面白いネタを聞かせてくれるので、近況を尋ねた。ところが途端にどうもいつもと勝手が違い浮かない顔になる。
五臓六腑に難あり診断
健康診断とは健康を探す診断では無いようだ。
確かにがたいが大きなお兄ちゃんではあるがガタが来ているらしい。
ウェスト周りは布袋様のような福々しさには恵まれているが縁起担ぎにはならなかったようだ。
どうしたのかと尋ねると
「健康診断で色んな数値が…」と絞り出すような声の後は、何も絞り出されて来なかった。
咄嗟に頭の中に金ピカな閃きが舞い降りた。
袋から出して数時間前にお財布にしまった御守りをお財布からまた出して手渡した。
「心身健全」の御守りだった。
鰯の頭も信心から。
体調を崩した時は先ずお医者さん、お薬、静養、摂生は大事ではある。が精神的ダメージを緩和出来るに越した事は無い。
「まだ汚れて無い新品だからあげる」
御守りに新品とか言って良いものか分からないけれどそう告げた。
相手は元々大きな目を丸くして、信心深い人に変貌したのか急いで其れをお財布へしまい込んだ。
病気の人に渡す為に手に入れた縁なのだろうと思った。
若しくは明治神宮の神様が私にまた来るように仕組んだのかな位に思った。
二つ目の行方
その一月にイベント会に参加する為原宿へ。終わるや早々二つ目の御守りを手に入れにまた明治神宮へ参拝した。
式を挙げた花嫁さんと花婿さんが幸せそうに写真撮影をしているのを眺め、
「また来れましたよ」
と報告して念願の御守りをゲット。
満足の内に帰路についた。
二月に好きなバンドのLIVEがあり、六年ぶりの帰郷も兼ねて北海道へ飛んだ。
母親や叔父叔母にも会い久しぶりに祖母に会うと見事に元気で、見事に縮んでもいた。
齢九十四才で怪我をして、リハビリをして治してしまったらしい。
医者が驚いていたとか。
だがまだリハビリは続いてると話しを聞いている内に、また頭の中が金ピカに光り出した。
「ばぁちゃんコレあげる」と何処かで見たような光景ではあるが、財布から取り出して渡した。
手の平で包んで何度も何度も頭を下げてる祖母を見て、神様パワー凄いな 人の心を明るくしている。
今のところ病人率高いけども。
祖母は原宿の明治神宮へ行ったのと変わらない位に嬉しくなってるように見えた。
三度目の正直
そして昨日、ここずっと淀んだ気分で過ごしている。
朝から虫が湧いた部屋に居るのも。
ここは明治神宮の神様に会い行くかな…
電車乗り換えかぁ…人混みがな…参道歩くの怠いな…。
こんな気分の時は億劫さがワンセットで付きまとう。
既に一時過ぎ。
薄曇りの昨日、雨の日や午後からの参拝についてあれやこれやと記事を目にしているけれど、こんな気分の時は晴天で太陽が眩しい日よりも、曇りや弱い雨の方が優しさを感じる。
それに気は持ちようだし、病は気からって言うじゃないか。
と私が言っても説得力は皆無ではある。
善は急げと電車を乗り継ぎ山手線に揺られて原宿駅駅へ向かった。
やんわりと覚えるお参りの仕方
本殿に向かい参道を歩くと鳥居がありますが、潜る時に 一礼するのが望ましいです。
「お邪魔します」と言うみたいな感じでしょう。
参道の真ん中は神様の通る場所なのでそこは譲りつつ歩きましょう。
人々のお願い事を叶える為に東奔西走して貰っちゃっているとしたら、目に見え無くともぶつかってしまうと申し訳ないな。みたいに考えると良いかと。
想像し易く説明すると、家事でバタバタしている鬼の形相の母親若しくは妻の行く手を阻むのには覚悟がいる筈かと。
この場合は十中八九大変な目に遭うと想像に容易い。
手水作法
右手で柄杓を持ち水を汲む。
その水で左手を濯ぐ。
綺麗になった左手に柄を持ち替え、右の手に柄杓の水をかけ濯ぐ。
右手に柄杓を持ち直し左手の平で柄杓の水を受けて口を濯ぐ。
もう一度左手に水を濯ぎ、
柄杓の柄を立てて柄杓の中の残りの水を柄に伝せて汚れを落とし、柄杓を戻す。
手は拭かない。
日本人程手を洗う民族は居ないと言われている。
衛生観念が古くから発達した国。
ましてや、神様に御目通りする為の作法だからな…と形式張るよりは、デート前を思い浮かべて見ると良いかと。手を洗い歯磨きして身だしなみを整えるのと変わらない。
汚れた手で握手するのが申し訳ないな。みたいに考えると良いかと。
いよいよ参拝
帽子、荷物等は足元へ置きます。
が明治神宮には手荷物を置ける台が用意されています。
お賽銭をそっと賽銭箱へ落とし込みましょう。
初詣の人で賑わう時期に投げ込む人も居るとか。前の人の頭にヒットしたり、お小遣いが降って来たと喜ばれる方もいらっしゃるので、穏やかに。
本坪鈴を二、三回鳴らします。
明治神宮にはありません。
友人宅ならドアチャイムを鳴らす感じかなと。
腰を深く九十度に曲げ二礼します。
なるべく深めに二礼出来ればオッケーかと。
神前の場所は悩まなくても右端でも左端でも真ん中でも、広い宇宙から見た場合は針の先にも満たないスペースなので何処からお願いしても同じです。そんな広い所からでも見逃さされないのだから安心です。
柏手を二度打ちます
拍手の音は場の空気を清浄にする為とか。
右手を少し上に二回打ち、二回目鳴らし終えたらずらして左手と揃えます。
祝詞が書かれていたら
心の中で読みます。
次に住所と氏名を告げます。
沢山人が来るのでお伝えして下さいね。
後はお任せしますが、
私の場合は
「ますます健康で幸せになります」
とか「いつもありがとうございます。お陰様で幸せに過ごせました。また会いに来れて嬉しいです」
など自分の在りたい姿や状況を述べます。
そして「こちらに在らせられます神様の皆々様方の健康と幸福を心よりお祈り申し上げます」と締める。
日によってはカミカミになったりしてしまうので
「こちらにいる神様達皆さんが、健康で幸せにお過ごしになりますように」
と話しかけ易い言葉で労をねぎらい感謝を伝えます。
鳥居を潜り出る時にも振り返り会釈をすると良いです。
駅で友人とお別れした時振り返るとまだそこで見送っていて手を振り返す感じにも似ています。
「心身健全」守りを手に入れにいざ御守り売り場へ
狙いは例の金ピカでキラキラする御守り。
御守り売り場で御神籤を先ず引いた。
一八番。
"おはこ"か、などと思い大御心を小箱から引き出し読むと…
んー、矢張り読めない。
でも裏返したら大丈夫です。
現代文で訳されています。確かに…ブログが長過ぎるんじゃ無いかと落ち着かなくなり始めていました。
そして隣の売り場へ向かい手に入れたのは
「福守」に。
「また来る楽しみを残したい」
と閃き"しあわせのお守り"に心変わりしました。
次来た時にあのピカピカ光る心身健全守りを手に入れる楽しみを取って置きました。
遠方で足の運べない方など御守りに興味を抱かれた方に。
この後、帰宅して待つ悲劇をこの時まだ私は知り得なかったのでしたが…
きっと大難小難(だいなんしょうなん:小さな難で大きな難を消してくれるラッキーな出来事)にして貰えたエピソードは次回書けたら書こうかと思い
今日は『過ぎたるは及ばざるにしかず』と戒められてる気がしなくも無いのでおしまいにします。
to be continued
東京の空は電線で阿弥陀籤
東京の空を楽しむ
今日は「東京の空の楽しみ方を」一つお披露目したいです。
東京の空は狭い
と念仏のように良く耳にしたので
私の耳にはタコが出来てます。
(日本全国津々浦々都市は存在しているので“東京”の空の~の“東京”の部分に頭に浮かぶ都市名を入れて読み進めて頂けたらとも思います。)
広々とした空とは言い難くさせているのは立ち並ぶ建造物達
それらが視界の中パッチワークの切れ端みたいにあてがわれています。
夜空を見上げれば
街頭や横断歩道が
地上近く煌めいていて
何万光年も彼方から届く星の光を仄かにぼやけさせています。
先日何気なく一枚の写メをLINE送信すると、思わぬ返答が返って来ました。
そのやり取りで思い出した事
「綺麗な夕日だけどさぁー?東京のその電線どうにかならんかねっ?」
一庶民の凡夫の私のスケールの大きなクレームです。
「都議会議員にでもなれればかな…何年かかるだろうか…(。-`ω-)ンー…
そもそも選出する手続きて権利あるのかしら…
なりたくないしな…確か電線の電力漏れと美観などの為に地下に送電線を埋めるとか聞いた気もするし…
もうそろそろ、どうにかなるんじゃないの?」
と一応愚にもつかない長考の末
「そう言った事は我が都民の代表都知事に直談判しろっ!!!」
と結論に至った時にはとっくにトークは終了していました。
電線に対する意識
電線に雀が3羽止ってた♪は、かの有名な『電線音頭by電線マン』
そのトーク以前の五月晴れの日に電線へ対する心情が一新する日を迎えていました。
散歩をしていた時に電線達へ対する心情が変わっていました。
常日頃から私は気が向けばiphoneを取り出してパシャパシャ撮影しています。
バッグから出すのにモタモタするので動きのある動物のシャッターチャンスは捉えられません。
その日も近所を歩きつつ気になればパシャリと写メを撮りながら歩いていました。
どの景色の背景に黒い電線が入り組むのを眺めていました。
その時迄は住宅地の狭苦しさを無言に感じ
「忌々しいな」
と立ち止まり見上げていました。
が、マジマジと観察しているとコレは返って面白い絵面になるかな?
と好奇心へ変わり出しました。
興味を惹かれてパシャリがパチパチと次第にシャッター音を早め、見れば見る程変幻自在で面白いなと上を見上げて撮り進みました。
何処の家にも電気で繋がっていますよね。
阿弥陀籤みたいだなと思いつつ。
紫陽花の花の向こう空にもです。
阿弥陀籤阿弥陀籤どれにしようか阿弥陀籤なんて鼻歌を歌いながら歩いていると短い夕方は足早に過ぎていました。
月は電線の五線譜オクターブ上のドから顔を出していました。
日常を味わう
味わおうと思わないと味わえないのは日常の何気ない風景です。
電力会社さんの管理の行き届いてるのも、日本の電力の整備も、便利な国なのも、凄いなと新鮮な心持ちになりました。
その線は大事な人まで続いてるかも知れないですよね。
〈阿弥陀籤の豆知識〉
- 起源
お気付きの事と思いますが由来は阿弥陀如来の名からです。
- その当時の阿弥陀籤の利用法
平等に品物を分けたり、仕事を割り振ったりするのに使われた籤です。
元々は放射線状に線が引かれていて横棒などは入ってはいませんでした。
- その形状は阿弥陀如来の光背(こうはい)
光背とは威徳を表す物として仏像の後光として具現化されている物です。
お寺や美術館など仏像をお参りや拝観された事のある方であれば記憶に残っている事と思います。
- ネーミング
「あれ?これ阿弥陀如来様の後光と一緒じゃね?」
と言ったか言わずやですが、
阿弥陀籤とネーミングされました。
因みに現在の縦線に横棒の形になり盛んに行われるようになったのは江戸時代からとのことです。
写真は全部自分で撮ったものです。
to be continued.